ミラーが余計なことして、マナやその他がてんやわんやする話です。
登場キャラクター

妖精召喚士の卵!
元気いっぱい16歳!
恋ってまだよく分かんないのです!

西の妖精王でございます。
ならばお嬢さん、
私と故意に恋患い、
鯉を見ながら濃い時間を
珈琲片手に過ごしましょう。

(王子)
東の妖精王だよ!
こんなところで
巫山戯るな!
後で決闘に来い、
フェアリーン!

マギ王国第一王女よ。
あらあら……
小粋なことを言っている
つもりなのかしら。
小生意気ね。

リーンの恋女房だよ!
ミラーの母親でもある!
こらこらキミたち、
恋仇であるボクを差し置いて
喧嘩しないでくれるかなっ!

……一応マギ王国貴族の出だ。
(こいつ等、煩い……)

元々森に住んでた魔物使いだよ〜
子犬型の魔物も居るんだよ〜
今はマギ城下町のとある民家に
住まわせてもらっているんだ〜
マナと惚れ薬
魔女の暴走
「おーほほほ!ついに完成したわ!」
ミラーは自信満々に、小さな霧吹きを掲げた。その中には、ほんのり甘い香りのする液体が揺れている。彼女のイタズラ心をくすぐるには、これ以上の道具はない。
標的は決まっている――マナだ。ちょうど今日、マナを遊びに呼んでいた。
「試してみるしかないわね!」
ミラーは城の廊下の角でマナが通るのを待ち伏せし、ちょうどいいタイミングでシュッと惚れ薬を吹きかけた。
「わっミラー! な、何なのです?」
マナが驚いてこちらを見た瞬間――
「あ、あれ……?」
ミラーは自分の鼓動が早まるのを感じた。マナの大きな瞳、驚きに見開かれた顔、まるで天使のように純粋な表情――
「……か、かわいい……」
効果が出るのが思いのほか早かったらしい。
「ま、待ってなのです!」
マナは必死に走った。だが、背後からはミラーの甘ったるい声が追いかけてくる。
「待てないわ! もう、マナったらなんでそんなに可愛いのよ! 可愛すぎて痛めつけたくなるわ!」
「意味がわからないのです!!!」
ミラーは完全に惚れ薬の効果に飲まれ、目をハートにして箒にまたがり、浮遊しながら猛スピードで迫ってくる。
「(まずいのです! このまま捕まったら、本当にどうなるか分からないのです!!)」
マナは角を曲がり、必死に逃げる。だが、浮遊しているミラーの方が圧倒的に速い。
「マナぁ! ぎゅぅぅぅぅうってしてあげるわ!!」
「(あああ! もう無理なのです!!)」
観念しかけたその瞬間——
「こっち!」
不意に誰かに腕を引っ張られ、そのまま勢いよく家の中へと引き込まれた。
バタン!
扉が閉まると同時に、マナはハッとした。見上げると、そこにいたのは——
「大丈夫、私だよ〜 ミラーちゃん、ちょっとヤバい感じだったね〜?」
穏やかで、少しのんびりした声。
「サニィ……!」
急激に緊張が解け、マナはその場にへたり込んだ。
サニィの炎
「び、びっくりしたのです……ミラーが突然おかしくなって……」
「ふふ、怖かったね〜」
サニィは普段通りの調子でキッチンに向かう。
「ちょうどご飯作ってたんだ〜 食べる?」
「え……?」
いいのです? と聞く前に、サニィはすでにテーブルに料理を並べ始めていた。
「ほらほら、あったかいよ〜?」
甘い香りのスープ、ほかほかのパン、ちょっとしたサラダ。どれも手作りで、なんとも言えない安心感がある。
「……いただきますなのです!」
マナはほっと息をつきながら、サニィの優しさに救われたことを噛みしめつつ、スプーンを手に手に取り、スープを口に運ぼうとした。
——が、ふとサニィの視線に気づいた。
気のせい、ではない。笑顔はいつも通り穏やかだが、その視線がどこか妙に熱い。ジリジリと焦がすような、期待に満ちた目。
「……あの、サニィ。これ、なにか変なもの入ってないのです?」
恐る恐る聞いてみる。
すると、サニィはふわりと笑った。
「え〜、入ってるわけないでしょ〜? 何を疑ってるの〜?」
その言葉を聞いて、マナの背筋がゾワリと冷たくなる。
「(今の言い方……本当に、何も入ってないのです……?)」
疑問が生まれた瞬間、スープの湯気が妙に怪しく見えた。心なしか、スプーンを持つ手が震える。
「……えっと、やっぱり、お腹がいっぱいなのです! ちょっと休憩するのです!」
「え〜? せっかく作ったのに〜」
サニィの声が軽い調子なのに対し、マナの中に広がる警戒心は止まらない。
「(……ここ、危ないのです)」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、ドアに向かう。そっと、できるだけ自然に。
「……どこ行くの〜?」
背後から、サニィの声がした。
同時に——乾いた音が響く。何かが風を切る音。マナが反射的に身を縮めた直後——
服が引っ張られる感触。マナは目を見開いた。
「……!? 動けないのです!!」
驚いて振り向くと、袖や裾の数カ所が壁に張り付いていた。銀色のナイフが深々と突き刺さり、まるで拘束するように服を固定している。
マナは息を呑む。
「い、いつの間に……!?」
視線をサニィに向けると、彼女は手の中で、まだ数本のナイフをクルクルと回していた。
「ふふ、焦らなくていいのに〜?」
先ほどと変わらぬ穏やかな笑み。しかし目が正気ではない。
「せっかく、マナちゃんが来てくれたんだから〜。ゆっくりしていってよ〜?」
マナが再び諦めようとしていた、その時。
——ドンッ!!
突然、耳をつんざくような轟音が響いた。
「……え?」
マナが思わず目を瞬かせると、キッチンの方から勢いよく炎が上がるのが見えた。
ボウッ!
赤々と燃え広がる炎。鍋が爆発したのか、黒煙が天井に向かって渦を巻く。
「な、なにごとなのです……!?」
「……あっ」
サニィも、一瞬驚いたように目を見開いた。そして、
「あ〜あ〜、やっちゃった〜」
と、のんびりとした調子で呟く。くるりと踵を返し、キッチンへ向かいながら手をひらひらと振った。
「ちょっと待っててね〜? すぐ消してくるから〜」
サニィは煙の向こうへと消えていった。
マナは、ぼんやりとその後ろ姿を見送る——が、次の瞬間、自分の身の異変に気がついた。
「……あれ?」
腕が、動く。
ナイフに固定されていたはずの服が、爆発の衝撃で破れたらしい。袖が少し焦げ、裾もズタズタになっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「(い、今のうちに逃げるのです!!)」
マナは心の中で叫び、一気に飛び出した。
足音を殺しながら、玄関へ向かって全力疾走。
途中で物音を立ててしまったが、キッチンから聞こえる「う〜ん、思ったより燃えてるな〜」という呑気な声に、サニィがまだ気づいていないことを悟る。
マナは祈るような気持ちで扉に手をかけ——
ガチャ!
外へと飛び出した。
穏やかな風が肌を撫でる。マナは息を整える暇もなく、そのまま駆け出した。
不法侵入
マナは夜道を駆け抜け、ようやく安全そうな場所まで逃げ切った。
「はぁ、はぁ……助かったのです……!」
膝に手をついて息を整える。辺りを見回した。すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……マナ?」
静かに響く、低めの声。
マナはハッとして振り向いた。
そこに立っていたのは、漆黒のロングヘアを持つ美しい女性——ミキだった。
「……ミキ、なのです? でも、どうしてこんなところに……」
呆然とするマナの視線の先で、ミキはじっとこちらを見ていた。
「……その格好はどうした」
静かにそう言われ、マナは思わず顔を赤くした。
「い、今は仕方ないのです! いろいろあったのです……!」
「……どうしてここに?」
改めて辺りを見回してみると、そこはただの街角ではなかった。見覚えのある装飾、広々とした石造りの廊下——
「あれ? もしかして、ここ……ミキの屋敷なのです?」
「……今さら気づいたのか」
ミキは呆れたようにため息をつく。しかし、突然口を閉ざした。
それまで静かにこちらを見ていた瞳が、何かを見定めるように細められる。
「……ミキ?」
マナが戸惑いながら声をかけると——
ミキは何も言わずに、ただ無言で歩み寄ってきた。
「え……?」
いつもなら、ミキがこんな風に無言で近づいてくることなんてない。しかも、その表情はいつもより穏やかに見える。その様子に、マナは思わず身を引こうとしたが——
「っ……!」
肩を掴まれた瞬間、鋭い痛みが走った。
「いっ……」
ミキの指は細く華奢なはずなのに、驚くほど力がこもっている。
「(な、なに……!? いつものミキじゃないのです……!)」
動揺するマナを、ミキの冷たい視線が射抜く。
静かなはずなのに、逃げ場のない緊張感が肌を刺す。手の力はどんどん増していき、マナの肌に食い込んでいく。
「痛いっ!!」
マナが思わず叫ぶと——
ミキの指先から、ふっと力が抜けた。
まるで何かに囚われていたかのように、その瞳に一瞬だけ迷いがよぎる。
「(今だ……!)」
マナはその隙を逃さず、勢いよくミキの腕を振り払うと、全速力で扉へと駆け出した。
そのまま敷地を飛び出し、しばらく走り続ける——
ミキが追ってくることはなかった。
星の王子くん
マナが息を荒げながら、街をトボトボと歩いていた、そのとき。
「——んっ!?」
突然、マナの口が乱暴に塞がれた。
「へへっ、大人しそうな子どもじゃねぇか」
「売り先に困らねぇな……」
耳元で聞こえる男たちの低い笑い声。背筋が凍る。
「(嘘……なんで次から次へと……っ)」
必死にもがくが、腕はがっちりと掴まれ、声も出せない。
そのとき——
バサッ
足元で本が落ち、衝撃でパラリとページが開いた。
「……ん? なんだこれ」
男たちの一人が目を向ける。
次の瞬間——
「……痛てぇ!? なんだ!?」
眩い光が本から溢れ出し、そこに少年が現れる。
青い髪の少年、ライムだった。
彼は自分の状況を理解しようとまばたきし、次にマナを捕まえている男たちを見て、顔をしかめる。
「……なにをしているんだ、君たちは」
「な、なんだガキか!? どこから——」
ライムは軽く息を吸い込み、ふぅっと一気に吐き出した。
ドンッ!!!
衝撃波のような風が周囲を襲う。
男たちは悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、地面を転がった。
ライムが振り返ると、マナは口を押さえたまま、放心していた。
「ほら、立てる?」
ライムはマナの手を取り、彼女を立ち上がらせた。そして、そのまましばらく手を離さなかった。マナが首を傾げて彼を見る。
「えっと、手――」
マナが言い切るのを待たずに、ライムが口を開く。
「大丈夫だったかい……?」
その声に普段の爽やかさはなく、少し甘く、優しさが溢れていた。
マナは一瞬、目を丸くした。
ライムは微笑みながら、少し照れた様子で彼女の髪を撫でた。
「全く、マナはすぐ危ないことをするね。僕がしっっかり見守っておかなきゃ」
その時、まるで周囲に光が散らばっているような、ふわりとした雰囲気が漂い始める。
「え、え?」
マナが戸惑っていると、ライムは優雅にお伽噺の王子様のような動きで手を差し出す。
「大丈夫。僕が守るから」
キラキラと、まるで彼の周りに光の粒が舞っているかのような、夢のような雰囲気。
マナは目をぱちくりさせながら、戸惑いの表情を浮かべた。
「……王子、どうしたのです?」
ライムは何も言わず、彼女の手を握ったまま、どこか夢見心地な顔で歩き出す。マナもとりあえず、彼に合わせて歩き出した。
「大丈夫、心配しなくていい。僕がついてるから」
ライムは微笑みながら振り返る。
「何があっても君を守るからね」
マナは思わず息を呑む。
「……もしかして、マナがいつも見ているのは、本当のライムじゃないのです?」
ライムはその問いに、少し首を傾げた。
「僕はいつもと変わらないだろう?」
その言葉とともに、ライムの周りに光が集まり、余計に煌めきを増した。
マナはふーんと思った。
「知らなかったのです。あ、じゃあマナはここで!助けてくれてありがとうなのです!」
マナが手を振ると、ライムは頷き、微笑んで手を振り返した。
「……ん?」
マナがその場を離れて暫くしてから、我に返ったライムは少しの間、呆然とした顔をしていた。
正気
街の角を曲がった瞬間だった。突然、マナはその体を羽交い締めにされる。
「えっ!?」
マナは驚き、思わず振り向こうとする。が、力強い腕が彼女をがっちりと捕まえ、動けない。
「逃がさないよ?」
聞き馴染みのある、この声は――
「ティア!?」
耳元で囁かれる。
「暴れちゃダメだろう? それとも、ボクにお仕置きされたいのかな」
マナは慌てた。
「ちょっと待つのです! 何度も言うけど、マナはリーンとは何も……」
ティアはそのまま、にっこりとした笑顔で目を細め、マナにまるで恋する少女のような表情を向けた。マナは開いた口が塞がらない。
「これからはずっと一緒だよ? マナ」
ティアはマナを押し倒し、その体重で彼女を地面に押さえつけた。
「待つのです! ティアはリーンのことが好きなんじゃ」
マナがそう言うと、ティアは顔を近づける。
「リーン? 今のボクには、キミしか見えないな」
「うそん……」
マナの体にそっと手を回すと、ぎゅっと抱きしめる。
マナは驚いて目を見開いたが、ティアはそれに構うことなく、マナに体を押し付けてきた。
「マナ、ボクは……キミが好きだ……」
絶世の美女とは彼女のような人を指すのだろう。女でもクラリと来そうなその美貌を、ふんだんにマナへ見せつける。マナは思わず目を逸らす。
「っティア、やめるのです……!」
「マナはボクのこと、どう思ってるの?」
ティアの言葉に、マナは戸惑う。
「そ、そんなこと言われても……」
ティアは額が触れ合うくらいまで顔を近づけて、マナの目をじっと見つめた。
マナは必死にポカポカとティアの肩を叩いたが、ティアは全く動じることなく、そのままマナを見つめ続けている。
「ん〜、可愛い。食べちゃいたいくらいだ」
熱い視線をマナに注ぎ、嬉しそうに微笑む。
マナは必死に、元のティアを取り戻そうと、言葉を絞り出す。
「こんなことしてたら、リーンに嫌われちゃうのですよ!」
彼女の言葉はティアの耳に届いていないようだ。ティアはただ、うっとりとした表情でマナを見つめているだけだった。
――マナはポツリと呟いた。
「じゃあ、ティアはリーンがいなくなっても、どうでも良いのですね」
その言葉がティアに届いた瞬間、彼女の瞳が一瞬で変わった。まるで熱を帯びた炎のように、マナを激しく見つめ返す。
「そんなわけないだろ!」
ティアは怒鳴りながら、突然マナに掴みかかり、その顔を間近で睨みつける。
「リーンはボクの大切な――」
その言葉とともに、ティアが正気を取り戻したのがわかった。ハッとして、急に冷静さが戻る。
「……ボクは一体何を」
ティアは下にいるマナに驚き、慌てて離れた。
「………マナがボクを、引き戻してくれたのかい?」
マナは深く息をついた。ティアはそのまま少しだけ黙り込んだが、やがて微笑んで、無言でマナを支えるように立たせた。
「参ったな。今回はキミの勝ちだね」
「えっ?」
ティアは小さく笑って、照れたように頭を掻いた。
甘い香り
マナはマギ城に向かって歩いていた。夕方になり、冷たい風が頬をくすぐる。
ティア、ミキ、サニィ、そしてライム…。みんな、どこかが狂ってしまっていたようだった。
マナは小さくくしゃみをした。気づかないうちに身体が冷え切っている。
「……それは、貴女の趣味ですか?」
振り向くと、リーンが居た。リーンはボロボロのマナの服を見つめている。一連の出来事から、彼女の衣服は縫い目がほころび、裾は擦り切れている。
マナはそれに気づき、恥ずかしさと同時に、先程までの出来事を思い出し、後ずさった。リーンは無言で自分のジャケットを脱ぎ、スタスタと近づく。
動揺しているマナの肩に、それを優しくフワリとかけた。
ジャケットは少し大きく、裾が地面につきそうになる。同時に、冷えた身体がじんわりと暖まっていった。
「あ……」
マナは小さく呟くと、ジャケットの裾を握りしめた。
「ありがとうなのです」
「……ほう?」
リーンはそれを見て不敵な笑みを浮かべた。
気づけばマナは、路地裏に追い詰められていた。背中に冷たい壁の感触が伝わる。
彼一歩近づき、マナの頬にそっと手を触れる。
「いつもよりおとなしいですね……どうされました?」
リーンはそのまま、耳元で囁くように、マナをかからかってみせた。
彼の手が彼女の頬をなぞり、少しずつその距離が縮まる。
「……マナ?」
堰を切ったように、マナの目から涙が溢れ出してきたのだ。
リーンは慌てて手を引っ込める。そのまま一歩後ろに下がり、少し距離を取ろうとした。
「………待って」
マナは手を伸ばして彼を引き寄せる。
「……んえっ!?」
リーンは柄にもなく素っ頓狂な声を上げた。
彼女はリーンをぎゅっと抱きしめる。リーンは一瞬、硬直した。目を見開き、何が起こったのか理解できずにそのまま動けなかった。
マナは何も言わず、ただ静かに彼を抱きしめている。
「……」
彼はゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る手を伸ばして、マナの髪に優しく触れてみる。
彼女は何も反応せず、そのままリーンを包み込むように抱きしめ続けた。その温かさと、柔らかな感触が、リーンの心を少しずつ乱していった。
そのまま彼女の髪に顔を埋め、優しくキスをする。フワリと、どこか刺激的で甘い香りがして、彼の心の中で何かが弾けた。
「――っ?」
目をチカチカさせながら、マナを見る。先程羽織らせたジャケットが、彼女の体を包み込むように、どこか頼りなさそうに揺れていた。小柄な体に、ぶかっと余裕を持たせるジャケットが、彼女の可愛さを引き立てている。
もう普段のような駆け引きをする冷静さも、余裕もなくなっていた。彼の手が自然とマナを引き寄せ、優しく抱きしめる。
「……マナ……っ!」
彼女の香りや、肌の温もりが彼を飲み込んでいく。
魔力だけじゃない。自分がどれだけ彼女に引き寄せられているのか、それを理解することができたようだった。
「(私が、人間を、本気で……?)」
リーンは胸を締め付けられるような感覚を覚える。彼の手がまた、無意識のうちにマナの髪に触れて、そこに顔を埋めた。
そのまま、ぼーっとしたように、彼女の髪に浸る。髪の柔らかさが心地よく、まるで時間が止まったかのように感じられる。彼女の香りがふんわりと鼻に届き、思わず息が止まりそうになる。
「…………マナ」
静かな声で、もう一度呟いた。クラクラするような甘さが、彼の中で広がっていく。
「…動けないのです……」
リーンは彼女の上に倒れ込み、すやすやと眠ってしまった。
彼の顔はどこか幸せそうで、穏やかな寝息を立てながら、腕をしっかりとマナに回したままだ。
「……まったくもー」
マナはそう呟きながら、リーンの髪に触れ、そっと撫でた。リーンの肩がほんの少しだけ跳ねる。しかし、起きる気配はない。
マナはその寝顔をしばらく見守っていた。彼が安心して眠っている姿を見ていると、なんだかホッとする。
すると突然、ティアが二人の前に現れた。
「……え」
「あっ……」
ティアは目を見開き、完全に驚いた様子で立ちすくんでいた。
マナの服はぼろぼろで、乱れていた。その上に、リーンのジャケットが無造作にかかっている。リーンはぐっすりと眠り込んでいて、彼の髪は少し乱れている。
――二人が意図的に寄り添っているように見えてもおかしくはない。
「ど、どういうことだよ、これはー!!」
ティアの声が震える。マナは思わずリーンの体を押しのけようとしたが、彼はぐっすりと眠っていて、まったく動く気配がない。マナは焦りながら必死に説明しようとする。
「ち、違う! 誤解なのです、ティア!」
「誤解!?」
ティアは涙目でマナに向かって突進してくる。押し返そうとするも、今度はマナがそのまま倒れそうになってしまう。
「本当に違うのです!!」
しかしティアはマナの言うことを信じてくれず、さらに涙があふれ、わあわあと泣きながら腕を振り回してきた。その様子にマナはどうしようもなくなり、涙のティアを見つめるばかり。
「この泥棒猫ー!!」
「本当に違うのです! リーンが!」
「リーンが何だよ!?」
「マナを路地裏に追いつめてきて……じゃなくて、のしかかって……いや、……でも間違ってないのです……あっ」
ティアは手で顔を覆って、おいおい泣き出した。マナは何とかティアを落ち着かせようと声をかける。
「本当に! 何もしてないのですよ!」
その言葉を聞いて、ティアは少し落ち着きを取り戻した。涙を拭いながら、今度はマナの顔をじっと見つめる。
「…ほんと?」
――正直”何も”していないという自信は無かったが、マナは力強く頷く。
しばらく沈黙が流れた後、ティアはふっと小さく笑った。
「嘘つき」
「えぇぇぇ、そ、そんなあ」
ネタバラシのお時間ですの
ミラーは、マナと関わった全員――サニィ、ミキ、ライム、ティア、リーンを集めて、一連の騒動について説明し始めた。彼女は楽しそうに、少しも反省していない様子でその場に立つ。
ミラーは勢いよく話し始める。マナと関わった一同が、一斉に視線を向けた。
「あの惚れ薬は、ただのイタズラ用だったのよ」
ミラーは明るい声で周りの空気を和ませようとする。
「悪意があったわけじゃないんですのよ。証拠として、最初に被害にあったのは私ですもの」
ミラーはいたずらっぽく笑った。
「でも、予想外に事態が大きくなっちゃいましたわ」
マナが一連の出来事を思い出し、少し顔を赤らめる。ライムが首を傾げた。
「惚れ薬ってかかる側が飲むものじゃないのかい? ボクは何も飲んでいないんだけど」
ミラーが得意気に答えた。
「おーほほほ! 私がそんな平凡なものを作るわけが無いじゃありませんの! 使ったのはこれですわ!」
ミラーの手には煌びやかな香水の瓶のようなものが収まっている。
「これを吹きかけておけば、その香りを嗅いだ輩はイチコロですの」
「なっ……! 危険すぎる!! 違法にすべきだ!!」
ライムはぎゃーぎゃーと喚いた。ミラーは聞く耳を持たない。平然と指で耳栓をしている。
リーンは静かにハッとした。マナの髪に唇が触れたとき、強く心が乱されたのはこの薬のせいだったのだ。
自分が最初マトモだったのは、ジャケットによって香りが阻害されていたから。リーンはホッとした。自分は人間の小娘に心を乱された訳では無い。薬のせいだ。
ミラーはそんな彼らを見回しながら、笑顔を浮かべる。
「さ、これにて全て解決ってことですわね!」
その一言に、全員が納得するわけでもなく、ちょっとした沈黙が訪れた。しかし、次第にみんな笑顔を浮かべ、和やかな雰囲気が戻った。
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