マナが妖精王二人と一緒に迷宮探索するお話。
登場キャラクター

ミキ&サニィと一緒に冒険中の
妖精召喚士の卵なのです!
元気いっぱい16歳!

妖精界夢見王国の王だよ!
食べることと寝ることが大好き!
剣術と魔法は任せて!
兄?そんなのいないよ!

妖精界機械王国の王です。
ライムの兄です。
ここ、テストに出ますよ。
- ミラー:人間と妖精のハーフ。妖精研究が趣味のマギ王国第一王女。マナの親友。
- サニィ:人間。料理上手な魔獣使いの少女。普段は温厚な性格だが、リーンのことになると……。
- ミキ:人間。いつも冷静沈着で寡黙な少女。
- ティア:妖精。戦闘狂で美人。リーンが大好き。
マナと妖精王の迷宮探索
二人の妖精王
ある日の昼下がり。
「うー……おかしいのです……さっきもここに……」
マナは怪しい遺跡の奥地で迷子になっていた。
ミキやサニィとはぐれてしまい、気づけば周囲は罠だらけ。壁には古びた紋様が刻まれ、天井には今にも落ちてきそうな槍がぶら下がっている。足元の石畳も、どこを踏めば安全なのかわからないほどバラバラだった。
一人で悩んでいても埒が明かない。マナは思い切って辞書のように重い手元の本を開き、妖精召喚の詠唱を行った。
光がはじけ、ふわりと舞い降りる影。
「うわっ!? と、突然どうしたの、マナ?」
透き通るような碧眼の少年――ライムが戸惑いながら姿を現した。
「や、やったのです! 珍しく成功したのです!」
マナは飛び跳ねて喜ぶ。が、その直後――
「……ほう? これはまた珍しい所に呼ばれましたね」
落ち着いた声を響かせて、夜空色の髪を持つ美しい妖精が現れた。
「あ、あれ!? リーンまで!?」
「うわぁ……」
ライムがわかりやすく顔をしかめる。マナは頭を抱えた。
案の定、二人の間にはすぐに火花が散る。
「何でお前まで居るんだよ」
「それはこちらのセリフですよ。マナの相手は私だけで十分です」
「君なんかが相手したら、マナが穢れるだろ」
出会って一分も経たぬ間に、既に険悪な雰囲気が漂っている。ライムが剣の柄に手をかけた。マナの焦りは、とうとう極限まで迫っていた。
――つい先日、少しだけの期間、マナ達の旅にミラーが同行していた。マナは、彼女が言っていたことを思い出す。
『妖精って普段はあんなだけど、やろうと思えば10秒で人間を殺れる。本気を出せば大災害だって引き起こせるのよ〜
ミサンガがそれで部下を十数人亡くしたんですって!』
汗が首筋を伝う。マナは勢い良く手を上げ、ダメ元でこの場を丸く収めようとする。
「はい、注目! こ、この状況を打開してくれたら、二人にご褒美をあげるのです!」
彼らの口論がぴたりと止まる。
「褒美……」
「例えば?」
マナは今までに得た知識から、彼らが好きそうなものをひねり出す。
「……お、お酒とか?」
すると即座にリーンが反応し、真剣な表情で質問する。
「それは、赤ワインも入りますか?」
「は、入るのです!」
マナがビシッとリーンを指差し、必死にコクコクと頷く。冷や汗が止まらない。
「え! じゃあ僕は! 僕は何が貰えるんだい?」
「王子は……ええっと……」
沈黙が流れる。するとリーンがチラリとマナを見てから呟く。
「スターフルーツ?」
「あっ、それなのです! スターフルーツ!!」
ライムが食いついた。
「えーーーっ! 僕、頑張るよっ!!」
ぱぁっと目を輝かせる。それを見て、マナはホッと息をついた。
こうして、マナの迷宮攻略は思わぬ形で進み始めたのだった。
「とりあえず、ミキ達を探せばいいんだよね。……マナはどこを通ってきたの?」
ライムが遺跡の床を慎重に調べながら尋ねる。
「えっと、確かこっち……」
マナが足を踏み出した瞬間――
ガシャン!
「ひゃっ!?」
足元の床が突然沈んだ。勢いよく鎖が飛び出し、マナの足首に絡みつく。
「わぁっ!?」
マナの慌てる声を聞いた瞬間、ライムとリーンの表情が一変した。
二人の妖精王が一斉に動く。マナは慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってなのです! そんな急がなくても、ひとまず、どっちかが鎖を外してくれれば……」
マナの声を無視して、ライムが手をかざす。
「はぁっ!」
次の瞬間、青の光がほとばしり、鎖を絡ませた床そのものが吹き飛んだ。
「ひゃあっ!? ちょ、ちょっと! 豪快すぎるのです!」
「そうですよ、ライム」
思いの外、リーンの声は落ち着いている。マナが安心した――のもつかの間。
「魔法はもっと優雅に扱わなければ」
今度は彼が静かに指を振ると、その先端に、揺らめく青紫の炎が灯る。それに息を吹きかけると、炎は周囲の壁に燃え移り、じわじわと変形させていった。
「ああああぁぁ待つのです! 周りまで崩れるのです!!」
慌てるマナの背後で、天井に埋め込まれた槍が次々と落ち、まるで大砲が炸裂したような轟音が響く。
「おおおぉぉぉ……!! 優雅って……なに……」
大量の破片が飛び散る中、マナは必死でしゃがみ込んだ。
「……近くの罠は除去しました」
「無事で良かったよ、マナ! ……どうして座っているんだい? 早く行こうよ!」
二人の妖精王が不思議そうにマナを見下ろしている。
「!!……………!………!!」
マナは声も出せずに腰を抜かしていた。
歯車は動き出す
「うーん……?」
マナは迷宮の壁に埋め込まれた7つの歯車を見つめ、首をかしげていた。
部屋の中央には石碑があり、そこには次のような文字が刻まれている。
「7つの歯車は時を刻む。
そのうち2つは互いに見つめ合い
真実を告げる鐘を鳴らす。
汝、その歯車を知るか?」
マナとライムは壁に並んだ歯車を見渡す。
それぞれの歯車には異なる数字が刻まれていた。
Ⅰ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅵ・Ⅷ・Ⅸ・Ⅺ
※(読者ヒント:1・4・5・6・8・9・11)
「うーん……? これを動かしてとくのです……?」
マナは試しにⅠの歯車を回してみた。すると歯車たちがガタガタと揺れ出す。
「…………マナ」
「……うん」
マナがコクリと頷き、後ろに下がった次の瞬間。彼らが先程までいたところへ、無数の矢が降り注いだ。
二人は震えながら、お互いに顔を見合わせる。
そんな二人を、リーンは少し離れた場所から眺めていた。
岩を自身の魔法で変形させた優雅な椅子に腰掛け、足を組みながら、まるで屋敷にいるかの如く、くつろいでいる。
「おい、君も手伝え! 確かこういうのだけは得意だろ!!」
ライムがリーンに文句を言う。リーンはフッと笑った。
「そうですね。あなたがたが可愛くお願いできたら手伝いましょうか」
マナとライムは吹き出した。
リーンが軽く手をふる。
「ま、頑張ってくださいな」
ライムが悔しそうに睨みつけるが、彼は気にも留めず、クスクスと笑っているだけだった。
1時間後。
マナはリーンの膝でうなだれていた。
「りーんたすけて………」
マナにはもう、怖いとも、恥ずかしいとも思う気力すら残っていなかった。リーンはチラリとライムを見る。ライムはハッとして目を逸らす。
「よ、よし! きっとこれだ! ……違うか」
リーンはマナの頭を優しく起こし、やれやれと立ち上がった。
「仕方ないですね。ライムを待っていては日が暮れてしまいます」
「はあ!? 何を偉そうに!」
ライムは反射的に、ちょうど触れていた歯車を動かしてしまう。
部屋全体がグニャリと歪んだ。体幹のいいライムは上手くやり過ごす。が、そうでないマナはバランスを崩した。
「えっ――」
ドサッ!
マナは目の前のリーンに勢いよく倒れ込む形になり、二人は地面に転がる。
マナはリーンの胸に手をついたまま、呆然と見つめた。少し乱れた夜空色の髪と、息を飲むほど整った顔が目の前にある。
「……おや」
リーンは目を細める。
「いきなり押し倒すとは、大胆ですね。そんなに私のことがお好きですか?」
「な、なんでそうなるのです!?」
リーンは唇に手を当て、クスクスと笑う。
すると、後ろからライムの声がした。
「マナ、ちょっと左に退いて」
「え?」
「いいから」
理由もわからず言う通りに動いた、次の瞬間――ライムの剣がマナの右肩を掠め、リーンへ向かって振り下ろされた。
「ひゃああああああああああ!?」
マナの悲鳴が響き渡る。
しかし、ライムが剣を持ち上げると――
「……あれ?」
マナは目をパチクリさせる。剣の先には、リーンの身体ではなく、彼のジャケットだけが刺さっていた。
本人はすでに立ち上がり、のんびりと乱れた髪を整えている。
「随分と手加減してくださったのですね?」
「……」
悔しそうに彼を睨み、ぷいっと顔を背ける。リーンはそんな弟の姿を見てクスッと笑った。
ライムは苛立ちを込めて、ブンと剣を振る。バサリと音を立て、リーンの足元に穴が空いた彼のジャケットが落ちた。
リーンはそれを拾い上げながら、ふとマナに目線を移す。
彼女は先程から生きた心地がしなかった。放心状態だ。
穴の空いたジャケットを軽く払い、その腕にかける。彼はマナの肩を軽く叩いた。
「そろそろ進みましょう、御主人様。本当に日が暮れてしまいますよ」
そう言い、彼はスタスタと例の歯車の前へ向かった。マナとライムが顔を見合わせる。
彼は何の迷いもなく、とある2つの歯車に手をかけた。静かに回転させる。すると――
ゴーン
どこからか鐘の音が響いた。音を立てながら、目の前の壁がゆっくりと開く。
「え……?」
リーンは呆然と立ち尽くす二人を見て、クスっと笑った。
「マナ……この先に進めるのは、私のおかげですよ?」
そう言い残し、スタスタと扉の向こうへ進んでいっってしまう。
「ちょ、ちょっと待つのです!!!」
「おい待て!!」
マナとライムは大慌てでリーンの後を追いかけるのだった。
※【謎解きの答え】「ⅤとⅪ(5と11)」。時計の文字盤で対照的に並ぶ2つの数字である。
選ばれし者
その後は順調だった。
トラップはライムが解除し、謎解きはリーンがスラスラと解いてくれる。マナはなんだか万能になったような気分で、浮足立っていた。
そんな彼女を挟むようにして、リーンとライムが護るように歩いている。
ふと、リーンの目にとある文字が映る。
「マナ、あれは――」
彼の声に、マナが振り向く。その瞬間、リーンは一瞬の迷いもなく、彼女を突き飛ばした。
「……っ!?」
ライムが素早くその身を受け止める。
二人が何が起こったのか理解する暇もないうちに、地鳴りのような音と共に、頭上から巨大な壁が落ちてきた。
突然、しんと静まり返る。
二人とリーンの間には巨大な壁が立ちふさがり、完全に遮断されてしまっていた。壁は固く閉ざされ、僅かな隙間すら無く、向こう側は全く見えない。
「い、一体何が?」
マナは動揺していた。ライムも一瞬その場に立ち尽くしていたが、その時、先程リーンが目にした文字盤を彼も目にする。
『隔たれた一人の生贄により、この先の道は開かれる』
壁の向こうで、リーンは安堵の息をついていた。
静かに指を振ると、先程と同じく青紫の炎が灯る。
しかし、瞬時に静電気のような衝撃を受けた後、フッと消えてしまった。
リーンは目を伏せる。
そして、無言で周囲に視線を走らせた。
その時、鈍い音とともに天井から無数の矢が降り注いだ。矢は光のように鋭く、彼の体を確実に仕留めようとする。
彼はすぐさま反応し、頭上に防御魔法陣を展開した。瞬時に青い光の盾が彼を覆い、矢を跳ね返す。
「ほう、防御魔法陣は許してくれるんですね」
だが、降り注ぐ矢は止まらない。その盾は衝撃を受ける度、次第にひび割れていく。
「……こんな景色を見る時が来るとは」
苦笑の後、再び魔法陣を描き、二重、三重に展開した。
矢が盾にぶつかる音が響き、青い光が破裂しそうになりながらも必死に保たれていた。だが、その矢の数は増すばかりだ。
彼の魔法陣を描く手に汗が滲みだす。
マナは絶望的な表情で立ち尽くしていた。
「嘘……」
ライムに状況を聞かされ、驚き、目を見開く。
「はっ、もう一度召喚し直せば……」
マナが震える声で召喚用の本を取り出そうとすると、ライムはそれを止める。
「対象が近すぎて、暴発しちゃうよ。アレがこちらに来ることはない」
「そんな……」
ライムは彼女が、身代わりを立てた罪悪感を感じているのだと受け取った。屈み、マナに目線を合わせる。
「大丈夫だよ、マナ。僕たちは妖精だ。君たち――人間と違って生き返るから」
安心させようとした、彼なりの優しさである。しかし、彼女は首を横に振る。
「それでも、痛かったり、辛かったりするのには変わりないのです」
マナは壁に縋り、必死に叫ぶ。
「リーン! 聞こえないのですか!? リーーーーン!!」
だが、隔たれた壁は分厚く、声は届かない。
ライムは無言でその様子を見ていた。が、ふと目を落とすと、あるものを見つける。
「……マナ、それは」
マナは振り向くと、ライムの視線を辿った。
すると、足元にリーンのジャケットが落ちていることに気がつく。どうやら、彼が突き飛ばした時に落としたようだ。
マナはそれを引っ張り上げようとする。しかし、持ち上がらない。よく見ると、ジャケットの裾が壁に食い込んでいた。
「貸してくれ」
ライムはそれを汚れ物のように持つと、もう片方の手で自身の剣を手に取り、食い込んでいる裾を斬った。マナから「おぉ〜」と声が上がる。
彼はそのまま、バサバサとジャケットを上下に振った。すると――
ゴトゴトゴトッ
大量のガラクタ――もとい、精密機械が、中から振り落とされて床に散らばった。
「ん、んんん……?」
マナは怪訝な顔でそれを一つ拾い上げる。ちょうど持った位置がスイッチだったらしく、青白い光とともに画面が光った。眩しくて、思わず目を細める。
「マナは、そういうの好きかい?」
マナは顔を上げる。
「これ、何なのです?」
「知らないな。僕、機械のことは、よく分からないから」
ライムはそう言って肩をすくめた。マナは目を伏せる。
「そっかぁ……」
沈黙が流れた。
少し経った後、ライムが口を開く。
「でも、彼なら知っているかもね」
「…………えっ?」
マナはその声に、再びライムを見上げた。彼はそっぽを向いたまま続ける。
「マナがもし、どうしても気になるのだとしたら。君に必要とされて召喚された僕は、たとえ嫌でも君を助けなければならない」
マナは言葉の意図が分からず首を傾げる。彼はチラリとマナの目を見た。
「……そのガラクタが何なのか、彼の口から聞きたい?」
マナはポカンとしていたが、うーんと考えてから、笑顔で答えた。
「聴きたいのです!」
攻める弟、守りの兄
リーンは静かに息を整えながら、降り注ぐ矢の雨を防いでいた。
展開した防御魔法陣が青白い光を放ち、無数の矢を弾き続ける。しかし、それでも全てを防ぎきれる訳ではなくなってきたたようだ。
細かな隙間を縫うようにして矢が飛び込み、肩を、腕を、脇腹を貫くたびに、鋭い痛みが彼を襲う。
「ぐ……っ」
視界がぐらつく。
だが、リーンは微動だにせず、震える指先に力を込めて魔法を展開し続ける。
「(……限界が近いですね)」
先ほどから、何度も意識がかすれ、視界が霞む――魔力の残量はほとんど残っていなかった。
ふと、視界の隅に文字盤が浮かび上がる。
「勇敢なる者よ、10年耐えれば解放される」
リーンはその言葉を目にすると、ほんのわずかに目を細めた。
彼が感じたのは驚きでも絶望でもない。リーンの頭は、冷静にその文字を咀嚼する。
「(10年……)」
頭上に降り注ぎ続ける無数の矢。殺されるとしたら、一瞬だろう。人間やその他殆どの生き物は、その後何度も痛みを感じることも、絶望することもない。
しかし、彼は妖精だ。妖精は、何度も生き返る。
無数の矢で射抜かれ、全身を耐えかねる激痛が走り、意識を飛ばした次の瞬間。無情にも、再びここに現れた無傷の身体を、防ぐ術もないまま鋭い矢が貫くだろう。
微かに手が震える。
ふと、リーンの唇がわずかに緩んだ。
「……生温いですね。たった10年ですか」
一瞬弟の事が脳裏をかすめた。……既に魔力は底を尽きかけている。これだけ少なければ、何もしなくても保有量が逆転することは無いだろう。
10年程度経ったとしても、きっとマナは今と変わらず生きている。人間の寿命がこんなにも長く感じたのは初めてだ。
指先から力を抜く。頭上の魔法陣が、徐々に薄れ始める。
矢の勢いは止まることを知らなかった。
ライムは剣を振り上げ、目の前の厚い壁に叩きつけた。
刃が硬い壁に食い込み、火花が散る。しかし、亀裂すら入らない。
すぐさま後ろへ跳び退ると、今度は魔力を込めた一撃を放つ。剣の刃が淡い光を帯び、勢いよく斬撃を繰り出した。
その衝撃波が、ライムに「危ないから下がっていて」と言われたマナにまで伝わる。桃色の髪がふわりとはためいた。
しかし、斬撃の光は壁に吸収されるように消え去る。まるで何もなかったかのように、壁はそこにあり続けていた。
彼は何度でも剣を振るう。刃は壁に弾かれ、衝撃が腕を痺れさせる。それでもライムは止まらなかった。
ライムは奥歯を噛みしめると、再び剣を振り上げ、渾身の力で壁に叩きつけた。
ガキンッ
硬い石の表面がわずかに抉れた。
「(……通る!)」
やっと手応えを感じたライムは、一瞬の間も置かず、狙いを定めて再び斬りつける。
壁の一部が削れ、かすかに砕けた石片が飛び散る。
「えいっ!」
背後から、稚拙ながらも確かな魔力の塊が飛来した。
ドンッ!
ライムが抉った箇所にマナの魔法が直撃し、さらに表面が砕ける。
ライムは驚いた。
「マナ……?」
一瞬だけ何か言おうとしたが、少し微笑むと、剣を握り直す。
二人は、目の前の壁を壊すことに集中していた。
斬撃と魔法が重なり、ついに壁の一部に小さな穴が空く。
そこから、青白い光が漏れた。そして、空を切る鋭い音が断続的に響く。
隙間から覗くわずかな視界に、降り注ぐ矢の影が見えた。
防御魔法が、まだかろうじて展開されている。
「……リーン!」
マナが壁越しに叫ぶが、返事はない。
ただ、矢が突き刺さる鋭い音だけが響き続けていた。
歳月
ついに、壁が大きく砕け散った。
粉塵が舞い上がり、崩れた瓦礫の向こう側が見える。
防御魔法陣の光はほとんど消えかけ、矢が無造作に突き刺さったままのリーンが、ぼんやりと立っていた。
「……っ」
ライムは瞬時に動いた。
今もなお降り注ぐ無数の矢を薙ぎ払いながら、一直線にリーンのもとへ走る。
「何突っ立ってるんだ! 早くどけ!」
ライムは、リーンの体を強引に、マナが待つ安全地帯へ突き飛ばした。
「――っ」
マナは両手を広げ受け止め………られなかった。飛んできたのは自身より20cmも大きい体である。
「んあああぁぁっ!? 」
バタンッ!!
バランスを崩したマナは、そのままリーンと一緒に床に転がる。
「……っ、は……ぁ……」
リーンの息が荒く、震える手がマナの肩をかすかに掴んでいた。近くで見ると、その顔色はひどく青白い。
「ちょっ、ちょっと、大丈夫なのです!?」
マナが慌てて体を起こそうとするが、リーンが僅かに力を込め、彼女を制した。
「……ふふ、……大丈夫に……、見えますか………?」
声は掠れ、苦しげなのに、その口元はどこか楽しげに緩んでいる。
「ですが、しばらく……このままの体勢で………いるのも……悪くないですね……?」
「は、はぁ!? そんな場合じゃないのです!!」
マナがジタバタと暴れると、リーンは微かに笑いながら、そっと彼女の頬に指を這わせる。あまりに冷たい感触に、体がふるりと震えた。
「……力が抜けてしまいました………もう少し、こうして……」
マナはクラクラしてきた。
「や、やめるのですーーー!!」
そのとき、後ろからライムが、無言でリーンの肩を掴み、そのまま思い切り引き剥がした。
リーンは地面に転がり、荒い息をつきながらも、微かに笑っていた。
「…………助けていただき、ありがとうございます……ライム」
その言葉に、ライムは少し瞳を揺らしてから、そっぽを向いた。
壁に寄りかかり、3人はどさっと座り込んだ。
リーンの顔色は少し良くなったように見える。相変わらず息を乱しながらも、微かに笑みを浮かべていた。
「ふふ。ですが、本当に……貴方が助けてくれるとは」
ところどころ、服に矢の跡がついたライムを見やりながら、微かに笑いかける。
すると、ライムは先程のガラクタをリーンの前に投げ落とした。
リーンはそれを拾い上げ、不思議そうに指で撫でる。
「……? どうして貴方がこれを」
ライムは一瞥し、淡々と言った。
「勘違いするなよ。君を助けたのは、マナがこれについて聞きたがっていたからだ」
マナは一瞬ぽかんとしたが、ハッと思い出す。
「あっ、そうなのです! これって、一体なんなのです? さっきちょっと光って眩しかったのです!」
リーンは手にしたそれを静かに見つめ、指先で液晶画面をそっと撫でた。
「……これは、スマートフォンという機器です。異世界へ行ったときに手に入れたもので………」
「すまーとふぉん……?」
マナは不思議そうに首をかしげながら、興味津々に覗き込む。リーンは微笑むと、電源を入れ、光る画面を彼女に見せた。
「すごいのです! 魔力なのです!?」
「いいえ、これは魔力ではなく、電力で動いているんですよ」
「で、でんりょく……?」
マナはさらに目を輝かせる。リーンは彼女の期待を裏切らぬよう、穏やかに説明を続けた。
「この機器は遠くの相手と会話ができたり、文字を送ったり、様々な情報を調べたりできるようです」
「えっ!? 文字を送れるのですか!? それって……すごいのです!! そんなことができる機械、見たことないのです!」
マナは感動したように手を組みながら、スマートフォンをじっと見つめる。
「こんなに小さいのに、何でもできるのですね!」
リーンはその反応を楽しむように、優しく微笑んだ。
「いつかこの世界にも普及させるつもりです」
「えっ、本当なのです!?」
マナは驚いたように顔を上げ、ワクワクした様子でリーンを見つめた。
「そしたら、マナも使えるのですか!? すっごく楽しそうなのです!」
そんなマナの反応を見て、リーンは目を細める。
「……使えるようになるのは、何年後がいいですか?」
マナは楽しそうに笑う。
「今すぐにでも!」
リーンは苦笑する。
「今すぐは難しいですね」
「えー」
マナは口を尖らせた。リーンは液晶画面を見つめて呟く。
「ですが、そうですね……今後10年以内には、その景色をご覧にいれましょう」
聞いていたライムが首を傾げる。
「人間がそんな、高性能なものを扱えるようになるまでに、10年は短すぎやしないかい?」
「短い!?」
マナは驚きの声を上げる。
「マナは10年で、120cmから150cmになったのですよ!!」
「えぇ!?」
ライムがビックリする。マナは自慢気に続ける。
「しかも、あと5年でお酒が飲めるのです!」
「そ、それは駄目だろ! そんなに小さいのに!!」
焦って口を滑らせるライムを、マナがポカポカと殴る。
リーンは可笑しそうに笑った。
先ほどまで、10年なんて僅かな歳月などどうでもいいと思っていたはずなのに――。
マナの純粋な瞳と、期待に満ちた声を聞いていると、何故か今は、その未来を一刻も早く、自分の手で作りたいと思えた。
どうやら自分には、のんびり休む暇など無いようだ。
それぞれの帰る場所へ
「マナちゃーーーん!!」
突然、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「……サニィ?」
マナはぱっと顔を上げ、声のする方を見た。確かにサニィの声だ。
「サニィなのですか!?」
返事を待たずに、マナは勢いよく駆け出した。
「おい、待て! 危ないだろ!」
ライムが咄嗟に声を上げるが、マナは立ち止まらない。ライムは小さくため息をつくと、すぐにその後を追った。
しばらく進んだ先で、マナはようやく足を止めた。
「……サニィ! それに、ミキも!」
そこには、確かにサニィとミキがいた。マナの顔がぱっと明るくなった。
「マナちゃんこそ、どこいってたの〜?」
サニィはマナをよしよししている。
「あ、迷子じゃないのですよ! ちゃんと……ちゃんと、謎解きをしながら進んでいたのです!」
「……」
横でライムが苦笑する。
マナはむっとした顔をしたが、サニィはニコッと笑った。
「ま、無事ならいいけど〜。おーちゃんも一緒だったのねー?」
サニィはライムを見た。
「えっと……なんか色々あって、一緒に行動してるのです!」
「へぇ〜。それで、他にも誰か一緒だったの〜?」
マナは元気に答えた。
「ハイなのです! リーンと一緒だったのです」
「――え?」
サニィの表情が一瞬にして変わった。鋭い視線がマナを射抜く。
「……今なんて言った〜?」
マナはハッとして口を押さえる。
「え、えっと、その……」
次の瞬間、サニィはマナの横を通り抜け、マナたちが来た道へと向かって走り出した。
「……あっ!? 今はダメ! サニィ待って、なのです!」
「マナ! 危ないよ!」
ライムがマナを止めるように腕を掴む。
だが、サニィが向かった先には――
誰もいなかった。
リーンの姿は、まるで最初から存在していなかったかのように、跡形もなく消えていた。
城の静かな廊下を足音が響く。ボロボロの衣服は所々破れ、傷だらけの顔が痛々しい。だが、その足取りは驚くほどに淡々としていた。
リーンが扉を開け、屋敷の中へ踏み込むと、すぐにその気配を察知した者がいた。
「リーン!」
ティアだった。
彼の姿を見た瞬間、彼女の金色の瞳が怒りに燃え上がる。
「誰がやったの!? ボクが殺して――」
「……」
リーンは彼女の言葉を聞き流し、そのまま静かに通り過ぎる。
「ちょっと、リーン?」
その背中を見て、ティアはふと眉を寄せた。
「……どこに行くの?」
リーンの足が止まる。
「……自分の部屋です」
短くそう答えた後、彼は振り返り、ゆっくりとした口調で続けた。
「今すぐやらないといけないことが出来ました」
その言葉には、いつもの余裕も飄々とした響きもなかった。ティアは、彼の中でなにかが変わったことに気づく。
じっと彼を見つめ、そしてふわりと笑みを見せた。
「……そっか!」
それ以上何も言わず、彼の行く先を見送る。
リーンの背中が遠ざかり、やがて静寂が戻る。
彼が何をしようとしているのかは分からない。でも、あんな顔を見てしまっては、今はこれ以上彼の時間を奪うことなんて出来なかった。
「あーあ。キミは、いつになったらボクを飽きさせてくれるのかなぁ」
リーンの部屋の扉が、静かに閉ざされた。
-END-
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