【本編・中期】マギモノガタリ〜妖精王のデート〜

EPISODE

リーンとライムがデートするお話。今回はリーンが主人公。

登場キャラクター

リーン
リーン

下にいるのは愛しの弟です。

ライム
ライム

上にいるのは最悪な変態だ。

  • ギラソル:リーンの身嗜み係。磁力を操ることが出来る。
  • ティア:リーンの妻。運動神経とスタイルが抜群。旦那Love。
  • マナ:桃髪の16歳。リーン怖い。
  • サニィ:おっとりニコニコ。リーン大嫌い。

妖精王のデート

フェアリーンの朝

朝と言うには少し遅い時間。城の自室には、未だに静かな寝息が響いていた。

「……またでぃ」

ギラソルはやれやれ、とため息をつきながら、部屋の扉を静かに閉める。目の前には、ふかふかの絹のシーツに覆われた豪華なベッド。なのに、その持ち主であるリーンはというと──

机に突っ伏し、眠っていた。

枕の代わりに腕を敷き、長い髪は無造作に広がっている。近くには薄く開いた書類が散乱していた。

「リー様、そろそろ起きないとだぁ」

そう言って肩を揺すると、リーンは目を細め、ゆっくりと頭を上げる。

「……朝?」

「昼近いでぃ」

ギラソルは容赦なく現実を突きつけたが、リーンはまだぼんやりとしている。まるで意識の半分が夢の世界に残っているかのようだ。

「ほら、早く服着るよぉ。デートに遅れちゃう」

眠たげに目をこすりながら、リーンはぼんやりと立ち上がった。そして、そのままギラソルに身を預けるように、何の抵抗もなく服を着せてもらう。ギラソルは慣れた手つきでシャツのボタンを留め、ジャケットを羽織らせた。

「ネクタイも締めるでぃ、じっとしてなー」

「……ん」

リーンは力なく頷きながら、ギラソルの手に身を委ねた。

何故か寝癖が付きまくっている髪を整える。ギラソルは固有魔法を器用に使いながら、リーンの髪をふわりと撫でるように整えていく。

「……っ」

リーンの肩がぴくりと震えた。

ギラソルはリーンに気づかれないように、小さく笑う。リーンはいつも大人びているけれど、髪を動かすと、ほんの少しだけ隙を見せる。

「(これは、ぼかぁの特権でぃ)」

そう思うと、なんだかちょっと得した気分だった。

数ある紙紐の中から、黄金色を選び、夜空色の髪を優しく1つ結びすれば、いつも通りの彼の完成だ。

「……よし、イケメーン。あ、もう朝食の準備も出来てらぁ」

「助かりました。……行きましょうか」

リーンはふわりと笑いかけると、扉を開ける。その姿は、さっきまで机で眠っていたとは思えないほど、堂々としていた。

ギラソルはそんな彼の背中を、小さな足で追いかけた。


リーンがギラソルとともにダイニングへ向かい、扉を開けた瞬間──銀色の光が視界をかすめる。

小さく悲鳴を上げるギラソルを抱き寄せ、すんでのところで避けると、食事用の・・・・ナイフが後ろの柱に深々と突き刺さる。こんな芸当ができる怪力は――

「……またですか」

リーンは溜め息をつきながら、ゆっくりと顔を上げた。

「おはよ、リーン!」

陽気な笑い声とともに、テーブルの上に脚を組んで座る彼の妻──ティアが、得意げに手を振っていた。動作に合わせて黄金の髪がきらびやかに揺れる。

「目、覚めた?」

「食欲が失せました」

「そんなこと言うなよー! ボクはずっとキミが来るのを待っていたんだぞっ」

ティアは机から飛び降りると、もう一本のナイフを指先でクルクルと回しながら、ニッコリと笑った。その美貌は、並大抵の男性が向けられたら一瞬で惚れてしまいそうなほどだ。

「キミを起こすために、ちょーっと刺激が必要かなーって思ってね」

「……それでナイフを?」

「妻として、キミがちゃんと起きてるか確認しないとだろー?」

ティアは愉快そうに笑いながら、もう一度ナイフを構えた。しかし、リーンは彼女に背を向け、そのままテーブルへ向かう。

「ちぇっ、つれないなぁ」

つまらなそうに肩をすくめるティア。

ギラソルがケタケタと笑いながらティアに駆け寄る。

「ティア様、相変わらず朝っぱらから物騒だなぁ」

「えー? いいじゃないか、リーンなら避けられるだろ?」

「……問題は、刺さるかどうかじゃなくて、飛んでくること自体でぃ」

ティアはリーンを追いかけた。

「ほら、リーン! このままだと刺激が足りなくてまた寝ちゃうだろ? ボクが手伝ってあげるよ!」

リーンは椅子に座り、ティアの方をちらりと見た。

「食事をさせてください。」

「相変わらず冷たいなぁ」

不満げに頬を膨らませるティアだったが、それでもすぐに機嫌を直し、今度はテーブルの向かい側にどっかりと座った。

「まあいいや! また誘うね!」

「断る」

ケラケラと笑うティアを横目に、リーンは黙ってフォークを手に取るのだった。


朝食を終えると、リーンはナプキンを畳み、立ち上がる。

「さて、私はそろそろ出かけますね」

「ん? どこへ?」

ティアがフォークをくるくる回しながらリーンに聞く。

「もちろん、楽しい時間を過ごしに」

「……誰と?」

「とても、可愛いらしい、女性と」

カチン、とティアのフォークが皿に当たった。カタカタと小刻みに震えている。

「……へえぇえぇぇぇ? 妻であるこのボクを差し置いて?」

リーンはさぞ当然という顔で、面倒そうに答える。

「いつものことではありませんか」

その言葉を待つやいなや、ティアは彼の前に勢いよく飛び出した。

「わぁぁぁぁぁぁぁん!! どうしても行くと言うなら、このボクを倒してから行けーーー!!!」

リーンは肩をすくめた。

「……仕方ないですね」

ティアが拳を振り上げた、その時。

ティアの視界がぐるりと回転する。気づけば、彼女の背中は柔らかいソファに沈み、リーンの顔が目の前にあった。

「あれ?」

「ほら、倒しましたよ」

ティアの頬が、にわかに熱を持つ。

「な、なななななな」

「中々いい表情をするではありませんか」

リーンの手がそっとティアの頬を撫でる。その仕草は、まるで宝石を愛でるかのように優雅で、ぞくりとしてしまうほど丁寧だった。

ティアは思わず息を呑む。

そのまま、彼はティアの額を軽く指で弾くと、すっと身を引いた。

「では、行ってきますね♪」

我に返ったティアは額を押さえて、唇を噛みしめる。

「……ずるいよーー!!」

わめく彼女を横目に、リーンは涼しい顔で身なりを整え、颯爽とダイニングを後にする。

「……夫婦漫才かぇ」

一部始終を見ていたギラソルは、そうぼやいたのだった。

城下町にて

昼のマギ城下町は、活気に満ちていた。

澄んだ青空の下、石畳の道を行き交う人々の喧騒が心地よく響く。

そこに、一際目を引く男がゆったりと歩いていた。

深みのあるネイビーのジャケットを羽織り、端正な顔立ちに微笑みを浮かべながら、悠然とした足取りで進むのは──リーン。ここに来るのは彼の日課である。

彼が通るたびに、人々の視線が吸い寄せられるのがわかる。

露店で果物を並べていた娘が思わず手を止め、パン屋の少女は焼きたてのパンを落としそうになりながら彼を見つめた。

「お、おはようございます!」

声をかけたのは、街角で花を売る若い女性。

彼女の頬は赤く染まり、花束をぎゅっと握りしめながら期待に満ちた目を向けていた。

リーンは足を止め、優雅に微笑む。

「おはようございます、美しい人。その花も、その笑顔も鮮やかで魅力的ですね」

軽やかに手を取って指先に口づけると、彼女は息を詰まらせ、次の瞬間には顔を真っ赤にしてしまう。

その様子に周囲の女性たちもざわめいた。

歓声とため息が入り混じる中、彼は何事もなかったかのように歩みを再開する。

背筋を伸ばし、堂々とした足取りで。

彼が纏う余裕と気品は、まるで異世界のこの街すらも自らの舞台としているかのようだった。


ふと、リーンの足が止まる。

視線の先――そこにいたのは、二人の少女だった。

しなやかなブロンドの髪を2つに括るサニィと、フワフワとした桃髪のマナ。

石畳の道の向こうで、彼女たちもまた、リーンを見つけていた。

マナは驚いたように目を見開き、戸惑いを隠せない様子で立ち尽くしている。

だが、その横にいるサニィは違った。

一瞬で表情を険しくし、まるで家族を守るかのようにマナの前に立ちはだかる。

「……何の用〜?」

冷たい声。サニィの瞳は鋭く、リーンを睨みつけていた。

「お久しぶりです、マナ、サニィさん。こんなところで出会うとは奇遇ですね」

リーンは微笑みを浮かべるが、それが彼女の警戒を解くことはない。

マナが不安そうにサニィの背中を見上げる。

「サニィ……」

「大丈夫だよ〜、マナちゃん。私の後ろにいてね」

サニィの腕がそっとマナをかばうように伸びる。

その仕草に、リーンは目を細めた。

「まるで、私が悪魔かのような言い方ですね」

「え、違うの〜?」

サニィは微塵も引かない。

リーンは苦笑しつつ、ゆっくりと一歩、近づく。

それだけでサニィの体がピクリと反応し、さらに警戒心を強めたのが分かった。

「私はそちらのお嬢さんともお話したいのですが」

「させるわけないでしょ」

遮るように言い放つサニィの目には、明確な敵意が宿っていた。

その後ろでは、マナが小さく身を縮めている。

リーンは静かにため息をつくと、少しだけ首を傾げ、余裕のある笑みを見せた。

「……困りましたね。こうも敵視されると、私も少し寂しいです」

チラリとマナの方を見る。マナがビクッとして目を合わせる。リーンはマナの目をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「マナ。貴女はどうしたいですか?」

その言葉に、サニィがさらに身構え、マナがワタワタしだした、そのとき。

ゴーン……

城の大時計の鐘が、一度、低く響く。

「ああ、そうでした。そろそろ行きませんと」

リーンは軽やかにサニィたちから視線を外し、きびすを返した。

「……え?」

サニィが訝しげに目を細める。

「約束がありまして」

肩越しに笑って見せる。

「貴重な時間は、魅力的なお嬢さん達とのために使わないといけませんからね」

「……はぁ〜?」

呆れたようなサニィの声を背中に受けつつ、リーンは人混みの中に紛れていく。

目的地は、城下町の中心にそびえる時計台

石畳を軽やかに踏みしめ、リーンは周囲の視線をさらいながら進む。時計台を目指し、リーンは歩みを早めた。


時計台の下にたどり着いたリーンは、軽く前髪を整えながら視線を巡らせる。

「おや?」

リーンは驚いた。

ライムが腕を組み、待ち構えるように立っていたのだ。彼はリーンに気づくと、睨みつけてきた。

「残念だったね。彼女には帰ってもらったよ。」

「……へえ?」

見ると、ライムの瞳には嫌悪の色が滲んでいる。

「……。」

リーンは目を細め、つまらなそうに肩をすくめた。

「折角の予定が無くなってしまいました」

「自業自得だろ」

ライムは吐き捨てるように言い放つ。

「彼女、純粋にキミのことが好きだと言っていた。可哀想に。お前の本性を話したら泣きながら帰っていったよ」

リーンは気だるげに、自身の髪を指でくるくると弄る。

「聞いているのか? これ以上犠牲者を出すと僕たち妖精の尊厳にも関わるんだよ」

「あ」

リーンは何かを閃いたようだ。にっこりと笑う。

「貴方には時間が空いた責任を取って頂きましょう」

「は?」

リーンはライムの肩をぽんと叩き、流れるようにその腕を取る。

私とデートしてくださいな、ライム。

「………………はぁあああ!?!?」

ライムの叫びが、城下町の空に響き渡った。

強制デート

どうしてこうなった――。

ライムは不貞腐れた顔で、半ば強制的にリーンと一緒に歩いていた。凄く凄く不本意だったが、奴が「ライムが嫌なら、この場で女性を捕まえるしかありませんね」などと言うものだから、承諾せざるを得なかったのだ。

「ま、楽しもうではありませんか」

リーンは余裕の笑顔でライムを見つめる。ライムは黙って歩き続けた。

街の中心を歩くと、人々の視線が集まる。女性たちは、リーンの優雅な姿に魅了され、思わず足を止めて見とれている。

「……僕あんまり目立ちたくないんだけど」

ライムは思わずぼやく。

「まあまあ……ほら、もうすぐレストランに着きますよ」

「レ、レストラン?」

ライムはびっくりしたようにリーンを見た。

「デートの定番でしょう?」

そこへはすぐに到着した。リーンがドアを開けると、ライムは少し気まずそうにその後ろに続いた。

「いらっしゃいませ」

レストランのスタッフが微笑みながら迎える。

ライムとリーンが入ったのは、城下町の賑やかな通りから少し離れた落ち着いたレストランだ。店内にはガラスに包まれた温かな灯火、心地よい音楽が流れ、まるでこの場所だけ時間がゆっくりと流れているかのようだった。

ライムは少し緊張した様子で席に座ると、メニューを手に取る。リーンはそんな彼を見て、微笑みながらメニューを開いた。


「お飲み物は何になさいますか?」

若いウェイトレスが注文を取りに来た。しかし、彼女は言葉を止め、じっとリーンを見つめている。

「……?」

リーンが不思議そうにウェイトレスを見返すと、彼女はハッとしたように頬を染め、慌てて視線を逸らした。

ライムは嫌な予感がした。

「……ふふ、貴女のような可愛らしい方に、そんなに見つめて頂けるなんて光栄ですね」

リーンが微笑むと、ウェイトレスはますます顔を赤くした。

「す、すみません!  え、えっと……」

ウェイトレスはしどろもどろになりながら、手に持っていたメニューを落としそうになった。

「……はぁ」

ライムは大きくため息をつく。

そんな彼の苛立ちをよそに、リーンは彼女に微笑みを向けた。ウェイトレスは焦ってライムの方に視線をそらす。

「あっ、え、えっと、お連れの方は……」

すると、パッと表情を和らげた。

「わぁ! 可愛いですね!」

「えっ?」

ライムは驚いて目を見開く。

「私の弟です。デート中でして」

「おい」

何故か誇らしげに頷く彼を、ライムは怪訝な顔で見た。

ウェイトレスはニコニコしている。

「弟さん! 一緒にお食事にいらっしゃるなんて、仲がいいんですね!」

その言葉に、リーンがぱぁっと嬉しそうに微笑んだ。

「ふっ……ふふふふっ。そうでしょう。私たちはとても仲がいい・・・・んですよ」

「……」

ライムの顔がどんどん険しくなる。

「(いくら女好きとはいえ、僕の前でデレデレし過ぎだろ……!!)」

ライムのイライラは限界に達し、ミシミシとナイフを無駄に強く握る。

「ライム、食器を折ってはいけませんよ?」

「うるさい!!」

レストランのエレガントな空間に、ライムの怒声が響き渡った。


「時間を無駄にした」

「すいません。つい」

リーンはそう言いつつも悪びれもなく、クスクスと笑っている。

ライムはため息をつきながら言う。

「で、次は?」

「おや」

リーンがライムを見つめ、目を細める。

「もしかして、楽しんでます?」

「は?…………!!!」

分かりやすく動揺するライムを見て、リーンはまた愉快そうに笑った。

彼ははライムを行きつけのバーへと連れて行くことを決めた。夜の街が薄暗く、柔らかな灯りが一層幻想的な雰囲気を醸し出していた。音楽が微かに流れ、周囲は穏やかで落ち着いた空気が漂う。

「ここですよ」

リーンはドアを開けると、きらめくシャンデリアとシックな内装がライムを迎える。落ち着いた音楽と、ところどころに飾られたキャンドルが、この空間をロマンチックに彩っている。

ライムはキョロキョロしながらリーンの後に続く。

「君は……店選びのセンスだけは良いんだな」

リーンはその言葉に微笑みながら、ウエイターに手を挙げて席を案内させる。彼は慣れた手つきでライムを椅子に案内し、座らせる。

注文した飲み物が届く。リーンの前にもライムの前にも赤ワイン。

リーンはそっとグラスを取り上げると、軽くライムに向けて乾杯の合図をした。

ライムはグラスを持ちながら、微かにため息をつきつつグラスを合わせた。


ライムは最初の一杯を飲んだだけで、少し顔を赤らめていた。

彼はお酒にめっぽう弱かった。ひと口飲んだ瞬間、すぐに頬がほんのりと染まったのだ。少しフラフラしながら、グラスを持つ手を支えている。

リーンはそんなライムを見て、静かに笑みを浮かべる。彼はグラスを持ったまま、ライムの様子をしばらく眺めていた。

「酔いやすいんですね」

「うるさいな……って、君は強すぎないかい?」

リーンは既にライムの10倍は飲んでいた(異常である)。しかし、彼の顔は少しも染まっていない。

ライムはふらっと前に倒れそうになり、急いで自分の身体を支えようとする。その様子を見たリーンは、少し驚きながらも優しく笑う。

ライムはついに椅子に座り込んでしまった。まるで子どものようだ。

リーンはライムを微笑ましく見ていた。普段と変わらない、ライムの頑張りすぎる姿勢が、今は可愛らしく見える。

「……うるさいってば」

ライムはだんだんと力が抜けてきて、頭を少しぐるぐると回している様子だ。リーンはくすっと笑った。

「少し休んだ方がいいのでは?」

「……お前がこんな店に連れてきたからだろ」

ライムは少しだけ不機嫌そうに言う。それでも、頬が赤いせいか、どこか愛おしく見えた。

「先程のウェイトレスさんも仰っていましたが、ライムって可愛かったんですね」

「やめろ……」

ライムは照れ隠しか、もう一杯グラスを手に取る。

リーンは笑みを浮かべながら言った。

「楽しいから、このままホテルにでも行きましょうか」

ライムは一瞬固まった。次第に言葉の意味に気づき、顔を赤らめてグラスを机に叩きつけるように置いた。

「お、お前、ふざけるな!」

思わず立ち上がったライムは、顔を真っ赤にして、剣を抜いてしまう。

「ら、ライム、待ってください」

リーンは素早く立ち上がり、ライムを制止する。

「ここでそれ・・は無いでしょう。もし誰か見てたら、まずいですよ」

ライムは一瞬、思考が止まったように立ち尽くしていたが、ハッとすると、すぐに剣を収めた。

リーンは何事もなかったかのように、肩を叩く。

「……先程のは、冗談ですよ?」

ライムは黙って座り直し、酒を少しだけ飲んでから、リーンの方を見た。

「びっくりさせないでくれよ……」

リーンはまた追加の注文をしていた。


バーから出た二人は夜の街を歩く。

静かで、昼間の喧騒とは打って変わって落ち着いた雰囲気が漂っている。街灯が石畳を照らし、穏やかな風が二人の間を抜けた。

リーンは隣を歩くライムをちらりと見た。ライムはまだ酔ったせいで少し顔を赤らめているが、先ほどよりは少し和らいでいたように見える。

「ライム。今日のデート、楽しめました?」

ライムはふいっと顔を背ける。

「別に……普通だよ」

その返事に、リーンはくすっと笑う。

「へえ、また一緒に――」

次の瞬間、冷たい金属音が響いた。

リーンの目の前に剣先が突きつけられていた。鋭い水晶のような刃。ライムの表情は真剣だ。

「勘違いしないでくれ。僕はお前を許したわけじゃない」

彼は剣を構えたまま、低く告げた。

リーンは小さく息を吐き、肩をすくめる。

「分かっていますよ」

リーンは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとライムの剣を指先で押し下げる。

「ではまたいつか、相手になってあげましょう」

ライムは剣を引き、リーンを睨みつけた。

リーンは背を向けて歩き出した。

「また会える日を楽しみにしていますね、ライム」

剣を納め、静かにその背中を見送った。結局、僕も彼も、何も変わらない。変わるはずがない。

それでも、ほんの少しだけ、ライムの心はいつもよりざわついていた。

‐END‐

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